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​※本原稿は、韓国の文化・公演芸術専門ウェブ雑誌「THE PREVIEW」(2021.07.12)に掲載    
​ された記事です。

SAI DANCE FESTIVAL 2021受賞作
 

                                        堤 広志 / 舞台芸術評論家

 

「SAI DANCE FESTIVAL 2021」(以下「SAI」)のコンペティションが、2021年5月20日に日本の彩の国さいたま芸術劇場で行われた。SAIは、日韓ダンスコーディネーターの崔柄珠(チェ・ピョンジュ)が芸術監督を務めるダンス・フェスティバルで、2017年のスタート以来、今回で第4回目を数える。

 

多くのダンス・コンペティションでは、書類や映像による下選考で応募者をふるいにかけ、上位に残ったファイナリストのパフォーマンスを審査して受賞者を決定するのが一般的である。しかし、SAIではすべての応募者に上演の機会を与え、表現の多様性を担保した民主的な審査が行われる。例年であれば、海外審査員を日本に招聘し、応募作50組以上の上演を一日がかりで見た後、その日のうちに審査して受賞者を決定するというハードなスケジュールだ。

 

昨年2020年は新型コロナウィルス(COVID-19)感染症が世界中で広がったため、開催自体を断念した。今年2021年はオンライン審査にすることを決めて公募したところ、46組の応募があった。途中で棄権するアーティストが出て、最終的に39組がエントリーし、困難を乗り越えてなんとか実施することができた。

 

審査は、応募作のライブ上演を収録した動画を海外審査員に見てもらった上で、6月12日にWeb会議ツールのZoomを使って行った。審査員のいる場所は、日本・韓国、香港・マカオ、アメリカ、フィンランドとそれぞれに時差があり、時間帯こそ異なるものの、ネット上で一堂に会しての議論はとてもエキサイティングだった。そこで出た審査員の意見や講評も含めて、受賞アーティストとその作品を振り返ってみたい。

 

「SAI 2021」COMPETITIONのコンペの受賞者は、以下のとおりである。

■最優秀作品賞 Grand Prize

DANCE PJ REVO『窪地 nostalgia』

 

■優秀賞 First Prize

【solo】 asamicro『egg life』

【duo】 若羽幸平 Kohei Wakaba『なにものにもなれなかったものたちへ  those who ain't damn nobody』

【group】川崎向 KOU『JUNK』

 

■審査員賞 Jury Prize

【solo】 安本亜佐美 Asami Yasumoto『Cover your mouth』

【duo】 中西涼花・坂田尚也 Suzuka Nakanishi・Naoya Sakata『resonace』

【group】※該当者なし

 

■海外招待作品

【SCF (Seoul Internatinal Choreography Festival)】2021年12月@Korea/Seoul

odd fish『machi』

近藤彩香 Ayaka Kondo『Answer / Answer』

 

【DDF (Duo Dance Festival)】2021年11月@Korea/Seoul

odd fish『machi』

若羽幸平 Kohei Wakaba『なにものにもなれなかったものたちへ those who ain't damn nobody』

 

【COBA (Contemporary Ballet of Asia)】2021年11月@Korea/Seoul

DANCE PJ REVO『窪地  nostalgia』

 

【CITY DANCE FESTIVAL】2021年10月@USA

原周石 Shuseki Hara『Life-ing』

 

【MONOTANZ SEOUL】2021年10月@Korea/Seoul

下島礼紗 Reisa Shimojima『オムツをはいたさる Monkey in a diaper』※エキジビジョンより選出(SAI 2019グランプリ)

 

【Macau CDE(Contemporary Dance Exchange) Springboard】2021年9月@Macau

asamicro『egg life』

 

 

グランプリは田村興一郎のカンパニー旗揚げ作品に

 

最優秀作品賞は、DANCE PJ REVO(以下「REVO」)の『窪地 nostalgia』が受賞した。REVOは、田村興一郎が学生時代に結成したプロジェクトベースのカンパニーで、カンパニー名の「REVO」とはrevolution(革命)の略である。田村は、すでに「横浜ダンスコレクション」のコンペティションなどで豊富な受賞経験を持つ振付家で、国内外で今後の活躍が期待されているアーティストの一人である。しかし、2020年はコロナ禍のため、予定していた海外公演はすべてキャンセルとなった。そして、日本国内での公演活動でさえ難しい状況の中、2021年固定メンバーによるカンパニーを結成し、挑んだのがこの作品である。

 

受賞作の英文タイトルは「ノスタルジア(nostalgia)」となっているが、日本語での原文は「窪地(kubochi)」で「recessed land」(凹んだ土地)という意味である。2011年の3.11東日本大震災で津波に襲われた東北の被災地は更地となった。再度津波が襲ってきても大丈夫なように、海岸線には巨大な防潮堤が築かれている。人工的で異様な高さの壁に囲まれ広がる風景は、ヨルダン川西岸地区の分離壁や、アメリカ合衆国(トランプ元大統領)によるメキシコ国境の壁を思わせる。その防潮堤の内側、つまりかつて住民が住んでいたエリアは巨大な窪地のようになっており、その現実に触発されて創作する日本人アーティストも増えている(岡田利規の『消しゴム山』はその好例である)。田村の作品も、そうしたポスト3.11の表現に連なる創作といえる。田村は、「時が経ち、大きな痛みが風化している。あの日、行き場のなかった魂たちがこの劇場に集まり、力強く生きていく思いで私達を鼓舞することを考えた」という。

 

開演すると、黒のTシャツにジーンズのアンサンブルが、白いポリ袋を撒き散らしながら交錯して踊る。その中を、放射線防御服のような衣装を着た田村がふらつきながら彷徨う。やがて、田村は防御服を脱ぎ、フロアに飛び込み前転すると、アンサンブルを率いだ群舞となる。ストリートダンスをベースとした田村の振付は、シャープでエッジの立った動きである。自身の身体言語を、身体能力の高いメンバーたちにトレースする作業に意識的に取り組み、一方メンバーたちも積極的に参加している。特に群舞でのユニゾンには迫力があり、今後に期待したい振付家・演出家であり、カンパニーである。ラストシーンでは、ダンサーたちがみな胸元に装着したLEDライトを灯している。それは彼/彼女らが死者の亡霊(人魂)であり、今も行方不明のまま成仏できずにその土地を彷徨っていることを表象しているのかもしれない。窪地の底から天を見上げながら……。

 

フィンランドの審査員であるリサ・ノヨネン(Liisa Nojonen)は、こう講評した。「感情的に目覚める強い感覚がありました。この作品には機能的で興味深いコンセプトがあり、ダンサーの技術と確かな器量によって挑戦へと結ばれ、そして、作品全体が素晴らしく仕上がったのだと思います。このダンサー達の技術がとても気に入りました!」

 

なお、この作品は2021年4月4日「座・高円寺ダンス・アワードll特別編」で世界初演され、筆者はそれを観ている。SAIはコンペであるため、上演時間の短いダイジェスト版であり、ライティングも地明かりのみという制約の中で行われた。本来の幕切れのシーンは、ダンサーたちが天を見上げた瞬間にトップライトが差し、すぐにカットアウトする鮮烈なシーンが目に焼き付いている。この作品がフルレンジの公演として、再演を繰り返していくことを期待して止まない。なお、2021年11月@Korea/Seoulで予定されている「COBA (Contemporary Ballet of Asia)」の招待作品にも選ばれたため、ソウルの観客にはそれを目撃できることを期待してほしい。

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最優秀作品賞/Grand Prize/DANCE PJ REVO『窪地/nostalgia』   ©Bozzo

新しい明日に期待して「朝時間」を踊る

 

優秀賞のソロ部門は、asamicro『egg life』が受賞した。asamicro(本名:松井麻実)がダンスを踊り始めたきっかけは、とてもユニークだ。義務教育である小中学校の9年間は不登校児で、ひきもこもりの期間もあった。しかし、友達と一緒に独学で踊り始め、彼女はダンスに自分の居場所を見つけたという。SAIの審査会では「どんなアーティストにもそれぞれバックボーンはある。コンペでは純粋に応募作を評価すべきではないか?」という意見も出たが、実は応募作『egg life』にはそんな彼女の人生経験が色濃く反映されている。

 

白い円形のカーペットを敷き、横臥した状態からパフォーマンスは始まる。カーペットが卵白で、真ん中にいる小柄なasamicroは卵黄を象徴している。無表情で放心したような目、しかし手足を浮かせてフリーズし、緊張感がある。やがて手先が微かに動き出すと、その動きは次第に大きくなる。上体を起こして股の間から手を出したり、カーペットの表面を指先で繊細に撫でたりする。立って素足で移動する時も、足音はしない。

 

技術的にはストリートダンスとコンテンポラリーダンスをミックスさせたスタイルだが、脱力した身のこなしから機敏にして柔軟、そして軽快な動きを展開するところが魅力的だ。身体の部位を細かく分解しながら、微妙なニュアンスを多彩なボキャブラリーで踊っていく。緩急があり、スキのないシーン構成にもセンスが感じられる。特に後半、カーペットの外に出てスピーディーにさまざまな動きを繰り出していく様子に、観客はただ単純に軽快に踊る身体を見る快感を抱くだろう。

 

マカオの審査員であるステラ・ホー(Stella Ho)は、ディレクターを務める「Macau CDE(Contemporary Dance Exchange)  Spring board」(2021年9月)の招待作品に選び、こう講評した。「「卵」の中で起こっている動きから保守的な日本人女性について考えさせられました。そして「卵」から破れ出て外で踊り始めたとき、動きはエネルギッシュで生き生きとした喜びへと変化していました」。

 

Asamicroは不登校時代、目を覚まして朝ごはんを食べ、家の外に出るのが苦痛だったという。『egg life』は、その頃の記憶と感覚をベースに創作されている。つまり、卵は彼女自身なのだ。現在彼女は「朝時間」や「生活」をテーマとした「朝ごはんダンス」というシリーズも始めている。卵の殻のひび割れはどれも同じではない。常に同じにはならないことから新しい明日に期待して、彼女は目玉焼きなどの朝ごはんの写真を撮影しSNSに投稿することも続けている。殻を破って、毎朝をポジティブに更新していくことが、彼女のダンスへのモチベーションとなっているのだ。

 

また、彼女は昔の自分と同じ問題を抱えている子供達にダンスを教える支援活動にも取り組んでいる。『egg life』は、こうした彼女のダンスに対する姿勢が端的に表れた作品であり、今後もその活動に期待したいと思った。それは一部の愛好者や関係者で閉鎖的に充足している劇場が、ダンスを介して社会と向き合うきっかけづくりになるかもしれないからだ。

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優秀賞/First Prize solo/asamicro『egg life』      ©Bozzo

 

観客のイマジネーションを喚起する若羽幸平&川村真奈のデュオ

 

優秀賞デュオ部門は、若羽幸平の『なにものにもなれなかったものたちへ those who ain't damn nobody』が受賞した。若羽は日本の舞踏カンパニーである大駱駝艦のメンバーで、今作でともに踊っている川村真奈も大駱駝艦に参加した経験がある。

 

白いドレスの清楚な女性(川村)が登場すると、バロック音楽とともに踊り出す。しかし、その身長が伸び、巨人のように異様な高さになる。実はスカートの下で若羽が肩車をして立ち上がり、それぞれの上半身と下半身をシンクロさせて一人に見せている奇抜でトリッキーなスペクタクルだ。バランスを崩したように座り込むと、背後から白塗りに女装をした若羽が顔を出し、悪魔的なハードロックが流れる。若羽が黒い網タイツを履いた脚を大股びらきに露出させると、川村はそれをスカートの裾で覆い隠そうとする。若羽は川村の身体から離れ、舞踏のステップでソロを踊る。そして、立ち上がった川村のドレスを剥いで袖を通すと、今度は黒い下着を身につけた川村が赤いパンプスを履いた足先を出して、主客が転倒する。さらに二者は拮抗しながら、オペラのアリアにのせて奇妙なデュオを展開する。やがて、川村がドレスを取り返すと、両者は分かれてその場にうずくまる。

 

様々な解釈が成り立つ作品だ。例えば、以下のような3つの見方ができる。まず、作品解説にもあるように、身体は日々の食べ物によって成り立っていて、それが自分を形作っているという見方。女性の衣装の下から男性が現れ、外見と身体の中身がそれぞれに描かれているように見える。また、これは人の心に二面性があることを描いているという見方もできる。天使と悪魔のように、聖女と魔女といった相反する精神があり、一人の心の中で拮抗しているようにも見える。若羽が川村のドレスを剥いで袖を通すシーンは、正邪が逆転したようで面白い。そして、特に日本のダンス関係者にとって興味深いのは、若羽と踊っている川村の存在である。川村の祖母は1952年に秋田でバレエ団を設立した藤井信子、母は川村泉で、彼女はその3代目に当たる。彼女は、ドイツのフォルクヴァング芸術大学(Folkwang University of the Arts)や米国NYのマース・カニングハムスクールに留学・研修したが、帰国してからは大駱駝艦にも参加した経験もある。彼女のプロフィールを知れば、この作品は西洋の現代舞踊と日本の舞踏との対比や相克として見ることもできる。

 

このように、見る人によって違った解釈が楽しめる点を評価したい。観客のイマジネーションを喚起する強い効果のある作品で、公演する国や地域によってどのような感想や反響があるのか、ぜひ持ち帰って来て欲しいと思った。なお、この作品は2021年11月韓国・ソウルで行われる「DDF (Duo Dance Festival)」への招待が決まった。         

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優秀賞/First Prize duo/若羽幸平/Kohei Wakaba『those who ain't damn nobody』  ©Bozzo

 

ストリートダンスのレパートリー化に期待したい川崎向率いるCAKRA

 

優秀賞のグループ部門は、川崎向 KOU『JUNK』が受賞した。川崎はストリートダンスのカンパニーであるCAKRA DANCE COMPANYの代表で、国内外のコンペやフェスティバルにメンバーたちと一緒に参加してきた実績がある。SAI 2021も、拠点とする愛知県からグループでやってきた。

 

レザー素材を用いたコスチュームに、ヘアカラーで髪を染めた者もいる男女の群舞である。舞台中央で男性が一人、背中を向けてラウンジミュージックで踊っていると、客席の所々からアンサンブルが踊りながら登場し、観客も一緒に踊るようアピールする。舞台の男が気配を感じて振り返ると、その都度音楽がストップし、アンサンブルはフリーズする。また曲がかかって舞台の男が踊り出し、やはり振り返るたびにアンサンブルはフリーズし、「だるまさんがころんだ」のような展開を繰り返す。舞台の男は退場するとアンサンブルは舞台に上がり、踊り続ける。しかし、音楽がスローダウンし、ノイズとともにみな崩れ倒れる……。

 

作品のコンセプトは、1000年後の地球だという。人類に代わってアンドロイドが支配する世界で、未だ無くならない貧富の格差の中、ジャンク品であるアンドロイドたちが人間だった頃の記憶に酔いしれながら、場末のディスコで踊り続けるさまを描いている。近未来SF的なサイバーパンクの世界観を、ロボットダンスやアニメーションなどストリートダンスの技術を応用して表現している。物語性のあるシーン展開や空間構成がまとまっていて、エンターテインメントとして楽しめるかもしれない。海外ではストリートダンスの技術レベルは高いものの、逆にシアターピース(舞台作品)を創ってレパートリー化できるカンパニーは少ない。カンパニーの結束力を武器に、今後のさらなる発展に期待したい。

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優秀賞/First Prize group/川崎向/KOU『JUNK』    ©Bozzo

 

コロナ禍をエアリアルで表現した安本亜佐美

 

審査員賞のソロ部門を受賞した安本亜佐美は、アートサーカスの演目であるエアリアル(Aerial:空中演技)のアーティストである。ハーネスを装着して壁面で踊るバーティカルダンスにも取り組んでいるが、今回SAIの受賞作『Cover your mouth』はエアリアルシルク(ティシュー)の技法で臨んだ。ただし、通常のエアリアルシルクでは、天井から吊るした2枚の布に体を絡めて演技をするが、今作ではその素材を透明のビニールシートに変えている。それはこの作品が、新型コロナウィルス(COVID-19)感染症によって一変した生活様式をテーマとしているからだ。

 

安本は登場すると黒いワンピースを脱ぎ、白いマスクもとって、ビニールシートを広げて中にくるまる。そして、シートをねじって足先を引っ掛け、宙に浮いてハンモックのように座る。まるでクリーンルーム(無菌室)に隔離されたようなビジュアルで、かつてジョン・トラボルタが免疫障害の青年役を演じたテレビ映画『プラスチックの中の青春(THE BOY IN THE PLASTIC BUBBLE)』(1976)を思い出させる。

 

その後、安本は立ってチンニング(懸垂)したり、逆さにぶら下がったりといったシーンを展開していく。しかし、ビニール素材のシートは布とは違い、体にまとわりついて扱いづらく、もがくような動きにもなる。どこか蜘蛛の巣に捕らえられた昆虫のようにも見えるが、強引にシートから逃れて丸めたり、また広げて高くまで登ったりする。そしてラストでは、後頭部にシートを引っ掛けて昇天するように全身を脱力する。

 

コロナのパンデミックによって、世界中がソーシャル・ディスタンスや自粛生活を強いられた。「新たなモラルとコンフォートゾーン。もう元には戻らない事への諦めを私たちはどうやって克服していくのか?」という問いを投げかけた作品である。同時代のテーマをシンプルかつ明解なコンセプトで表現しながら、エアリアルシルクの技術を単なるスペクタクルではないアートへ昇華させている点が高く評価できる。

 

フィンランドの審査員であるミッコ・ランピネン(Mikko Lampinen)も、「この作品やパフォーマー、特に驚異的でパワフルなエンディングほど楽しめたものはありませんでした」と講評した。ただし、ビニールシートの扱いにまだ不慣れな印象もある。再演を繰り返すことで、シームレスにシーンを展開し、ブラッシュアップしていくことを期待したい。

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審査員賞/Jury Prize solo/安本亜佐美/Asami Yasumoto『Cover your mouth』     ©Bozzo

 

中西涼花&坂田尚也の美しいデュオ

 

審査員賞のデュオ部門を受賞したのは、中西涼花と坂田尚也である。中西はバレエからコンテンポラリーダンスへ転向し、坂田もさまざまなダンスと出会いながらコンテンポラリーダンスに取り組みNoism1に所属した時期もあるダンサーで、ともに能美健志&ダンステアトロ21の所属である。

 

受賞作『resonace』は、シンプルな空間構成にスタティックなタッチ、シックな衣装、洗練されたボキャプラリーが美しく、好感の持てる作品である。悲しげな音響の中、女は手を差し上げて身体を捻ったり、男は伏臥したり離れて動いたりする。中盤からフィリップ・グラスの長調のピアノ曲が流れると、2人は互いの気配を察して連れ添うように接近し、ネガティブスペースでコンタクトしていく。しかし、直接触れ合うことは決してなく、視線も合わせない。いつまでも行き違い、それでも互いの存在を感じながら、ラストはゆっくりと離れて佇む。

 

アメリカの「City Dance Festival」ディレクターのアレン・シィン(Allen Xing)は、講評でこう語った。「とても美しい作品で、素晴らしいパフォーマンスでした。2人のダンサーの動きが美しく、ストーリーや二人の関係性についてもよくわかりました。特に舞台空間の使い方が好きです。デュオ作品ではありますが、分け隔てられた空間と時間で2つのソロの物語となっています。2人には決して出会えないという孤立感がありますが、最後にようやく動きが起こります。2人のダンサーはコンタクトし、パートナーリングを始めます。それがとても刺激的で、もっと観ていたい気持ちになりました」。

 

この作品は、2019年「第52回埼玉全国舞踊コンクール2019」創作舞踊部門で第2位、「第21回東京なかの国際ダンスコンペティション」創作部門で第3位となっている。その際にはリフトやパートナーリングも含む直接的なコンタクトを展開していたようだが、今回SAIへの応募では起動もそれほど速くはなく、動きの速いダイナミックなシーンは見られなかった。いずれ他のシーンも取り込んだロング・バージョンが見てみたいとも思った。

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審査員賞/Jury Prize duo/中西涼花・坂田尚也/Suzuka Nakanishi・Naoya Sakata『resonace』     ©Bozzo

 

海外招待作品にも期待の佳作が

 

SAIでは、すべてのカテゴリーを通じた最優秀作品賞(グランプリ)を1組、そして優秀賞と審査員賞をソロ/デュオ/グループの各部門でそれぞれ各1組、合計7つの賞を設けている。しかし、今回、審査員賞のグループ部門は該当者なしとなった。これは、コロナ禍という特別な状況でグループでの応募が少なかったこともある。ライブ・パフォーマンスを前提としたコンペに応募すること自体、通常よりも厳しい状況となっている。グループでの参加の場合、さらに感染症対策を徹底するハードルが高くなり、直前までリハーサルできる施設を確保することさえ困難である。これはSAIだけでなく、他のコンペやコンクールでも同様だろう。それでも多くの応募者がパフォーマンスすることができたことは、やはりどんな時代でもアーティストのモチベーションが強いことの証左だろう。こうしたアーティストの意欲に報いるのが、海外招待枠である。各国・各地域のフェスティバル・ディレクターが気に入った作品を招待するもので、受賞を逃した作品でも、海外で上演するチャンスが与えられる。受賞作となり、海外招待にもなったものはすでに上述した。最後に、海外招待のみでピックアップされた作品についても触れておきたい。

 

小林萌と渡邊華蓮によるユニットodd fishの応募作『machi』は、韓国・ソウルで11・12月に開催予定の「DDF (Duo Dance Festival)」「SCF (Seoul Internatinal Choreography Festival)」への招待が決まった。タイトルは「待ち(waiting)」の意味で、人生は何かを待つ時間で構成されているが、いつしか待たなくて良い社会、待てない社会となった環境で私たちはどう生きたらいいのか?という問題をテーマにしている。

 

開演すると二人は並んで座り、何かを待っている。しばらくするとレトロなタンゴに合わせて動き出す。立って移動すると、無音で繰り返されるポッピングのような動きでコンタクトする。そして、座ったり寝転んだり、引っ張りあって、手遊びしたり。日常動作のような細かい動きのボキャブラリーが多彩に展開され、それらをコンテンポラリーダンスの技術で繋いでいくユニークなデュオとなっている。

 

SCFディレクターのユク・ワンスン(Yook Wan-soon)は、「一人のダンサーのみが目立つことなく、互いが異なる個性を持った作品でした。二人の調和、フィーリング、インタラクション、そして練習量が多かったことも良かった」と講評した。

 

なお、『machi』は「横浜ダンスコレクション2020」のコンペティションII 新人振付家部門で小林萌がファイナリストに残った時の作品である。継続的な取り組みが、作品の質を高めてきたといえるかもしれない。

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韓国Duo Dance Festivalと Seoul Internatinal Choreography Festival 招聘作/odd fish/『machi』     ©Bozzo

 

SCFの招待作品には、近藤彩香(Ayaka Kondo)の『Answer / Answer』も選ばれた。舞台の各所に複数の土嚢を置き、パフォーマンスが始まる。緊張感のあるエレクトロニカが流れると、スローモーションで歩行し、安定した足腰でしっかりと立つ。しかし、身体は脱力していて、音響の質感や音触を身体の動きへ変換していく。自分の身体との向き合い方にウソがなく、好感が持てる。土嚢と同系色の茶色い衣装から想像するに、土の質感や重量感を体現したダンス、あるいは土の素材感とコンタクトしたダンスといっていいかもしれない。シンプルな空間構成で激しい動きこそないものの、その独特な身体性から目を離せない緊張感があり、スリリングな演技を持続したことを評価したい。

 

SCFディレクターのユク・ワンスン(Yook Wan-soon)は「ユニークな動きと踊りの技量が良く、コンテンポラリーダンスが追求するものを備えたと思う。残念なことは動きがもう少しあったらより良いいのではないかと思いました」と講評した。

 

近藤は、3歳からクラシックバレエを習い、高校卒業後に渡英し、ロンドンのトリニティー・ラバン(TRINITY LABAN)を卒業した経験を持つ。日本に帰国後は、前回SAI 2019で入賞した村田正樹も参加しているフィジカルシアターユニットの泥棒対策ライト(下司尚実主宰)のメンバーとして、演劇分野などでも活動している。さまざまなフィールドで活躍できる人材だけに、自身の創作や今後のダンス活動にも期待したい。

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韓国Seoul Internatinal Choreography Festival 招聘作 近藤彩香/Ayaka Kondo『Answer / Answer』     ©Bozzo

 

2021年10月@USAで開催予定の「CITY DANCE FESTIVAL」への招待には、原周石(Shuseki Hara)の『Life-ing』が決まった。スーツ姿の男性トリオ(津曲希昌・中尾豪宏・原周石)が、舞台で仰臥している。ヘンリー・マンシーニ作曲「ムーン・リヴァー」のオーケストラ・ヴァージョンがゆったり流れると、ダンサーたちは上体を起こし、あるいは立ち上がり、日常的な動作からダンス・ムーヴメントを展開する。トリオやデュオでコンタクトするが、決して特別個性的な振付ではない。むしろ、バレエベースの技術にコンテンポラリーダンスの既存のボキャブラリーを応用したショーダンス的な作風である。しかし、そのステディかつスマートな振付で、嫌味のないダンス作品に仕上がっている。

 

ディレクターのアレン・シィン(Allen Xing)は、こう講評した。「美しいトリオです。3人のダンサーが良い技術を持った、美しい踊り手です。その動きはとてもしなやかでクリアなものでした」「彼らのダンスを観ているととても楽しくなりました。パートナーリングがとてもエキサイティングで、もっと観ていたいと思いました」。

 

コンテンポラリーダンスのコンペやアワードでは、実験的でエキセントリックな表現が評価されがちである。しかし、オーソドックスでエンターテインメントなスタイルでも、観客の心に響くダンスを展開できる才能は評価したい。SAIが、そのようにさまざまなアーティストを評価できるプラットフォームになっていることは特徴の一つでもある。

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アメリカCITY DANCE FESTIVAL招聘作 原周石/Shuseki Hara『Life-ing』  ©Bozzo

 

なお、「MONOTANZ SEOUL」(2021年10月@Korea/Seoul)への招待作品は、エキジビジョンより下島礼紗(Reisa Shimojima)『オムツをはいたさる Monkey in a diaper』(SAI 2019グランプリ)が選ばれた。下島は今回のコンペティションでも、主宰するカンパニーのケダゴロの新作『パッケージ』で応募したが評価されなかった。SAI 2021のすぐ後の6月には、昨年中止となった新作『ビコーズ・カズコーズ』の初演を控えていたこともあり、同時期に新作2作を発表する負担が大きかったためかもしれない。これもまたコロナ禍ゆえの出来事といえるだろう。

 

ともあれ、さまざまな困難がある中で国際的なダンス・コンペティションを開催できたのは、ひとえに芸術監督・崔柄珠の努力の賜物である。彼女のダンスに対する愛情とバイタリティに敬意を表したい。

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韓国MONOTANZ SEOUL招聘作 ©Bozzo

下島礼紗/Reisa Shimojima 『オムツをはいたさる/Monkey in a diaper』

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